タトラ山群からアウシュヴィッツへの旅(32) ― 2009/11/23 23:42
クラクフの街
10/3(雨)Stary Smokobecバスターミナル(?)8:25-9;30リサ・ポラーナLysa Polana 9:30-10:25ザコパネZakopane 10:28-13:00クラクフKrakow
やっぱり朝から雨。タトラ山群の登山行動を終えることにしたのは正解だったようだ。重荷を背負ってバス乗り場へ。ターミナルというほど大げさなものではないが、あちこちに行くバスの始発駅である。ところが発車時刻を過ぎてもバスが来ない。またしても時刻表の読み違えかと不安になるが、他の客も一様に怪訝な顔をしだしたので、どうやら誤読ではなさそうである。我々以上の大荷物を背負ったポーランド人の若いカップルと言葉を交わすと、彼らも国境越えするために同じバスを待っていることがわかった。
10分遅れでバスがやってきた。インターネットで調べたとおりのSAD社のバスである。やれやれとほっとして乗車しようとしてギャフン! バス代金58SKx2で116SK(580円)きっかりを残して残金を全て使ってしまっていたのであるが、荷物代5SKx2=10SK(50円)を請求されたのである。「わー困ったなぁ~」と叫ぶとすぐに、入り口に立っていたハンサムな若者がとっさに10SKを恵んでくれた。彼はハイキンググループのリーダーらしく、参加メンバーを確認するために乗車口の運転手の脇に立っていたのである。
席についてからザックの中を探すと、ユーロの小銭が出てきた。親切な若者に改めて礼を言ってユーロ硬貨を出すと、受け取ってくれず「よい旅を!」とにっこり笑って握手すると、ハイキング参加者を連れて途中駅で降りていった。なんとさわやかな青年なんだろう・・・意外にもバスの乗車率は60~70%だ。
10/3(雨)Stary Smokobecバスターミナル(?)8:25-9;30リサ・ポラーナLysa Polana 9:30-10:25ザコパネZakopane 10:28-13:00クラクフKrakow
やっぱり朝から雨。タトラ山群の登山行動を終えることにしたのは正解だったようだ。重荷を背負ってバス乗り場へ。ターミナルというほど大げさなものではないが、あちこちに行くバスの始発駅である。ところが発車時刻を過ぎてもバスが来ない。またしても時刻表の読み違えかと不安になるが、他の客も一様に怪訝な顔をしだしたので、どうやら誤読ではなさそうである。我々以上の大荷物を背負ったポーランド人の若いカップルと言葉を交わすと、彼らも国境越えするために同じバスを待っていることがわかった。
10分遅れでバスがやってきた。インターネットで調べたとおりのSAD社のバスである。やれやれとほっとして乗車しようとしてギャフン! バス代金58SKx2で116SK(580円)きっかりを残して残金を全て使ってしまっていたのであるが、荷物代5SKx2=10SK(50円)を請求されたのである。「わー困ったなぁ~」と叫ぶとすぐに、入り口に立っていたハンサムな若者がとっさに10SKを恵んでくれた。彼はハイキンググループのリーダーらしく、参加メンバーを確認するために乗車口の運転手の脇に立っていたのである。
席についてからザックの中を探すと、ユーロの小銭が出てきた。親切な若者に改めて礼を言ってユーロ硬貨を出すと、受け取ってくれず「よい旅を!」とにっこり笑って握手すると、ハイキング参加者を連れて途中駅で降りていった。なんとさわやかな青年なんだろう・・・意外にもバスの乗車率は60~70%だ。
タトラ山群からアウシュヴィッツへの旅(33) ― 2009/11/23 23:44
クラクフ城
リサ・ポラーナはタトラ山塊の西北端に近い国境の町である。バスはスモコベッツから東へ向かい、山塊を回りこんでから西に進む。途中には小さな集落がたくさんある。着いてみるとリサ・ポラーナもそうした途中の集落とさして変わらない小さな村である。みんなが進む方向へついていくと、小さな小川を渡った。これが国境らしい。
ここからはスモコベッツで言葉を交わした若いカップルのお世話になった。道の右手に両替所があったので100€を315ズロチ(ZL)に替えた。彼らに教えてもらわなければ気がつかないような建物である。さてバス停はどこにあるのだろうか。別に停留所の標識が立っているわけではない。両替所の続きのフェンスの前あたりで立っていると、ハイエースくらいのワンボックスカーがやってきた。車体には何も書かれていないが、これがザコパネ行きの乗り合いらしい(よく見ると、Zakopaneと書かれた小さなプレートが運転台の上に載っていた)。
リサ・ポラーナはタトラ山塊の西北端に近い国境の町である。バスはスモコベッツから東へ向かい、山塊を回りこんでから西に進む。途中には小さな集落がたくさんある。着いてみるとリサ・ポラーナもそうした途中の集落とさして変わらない小さな村である。みんなが進む方向へついていくと、小さな小川を渡った。これが国境らしい。
ここからはスモコベッツで言葉を交わした若いカップルのお世話になった。道の右手に両替所があったので100€を315ズロチ(ZL)に替えた。彼らに教えてもらわなければ気がつかないような建物である。さてバス停はどこにあるのだろうか。別に停留所の標識が立っているわけではない。両替所の続きのフェンスの前あたりで立っていると、ハイエースくらいのワンボックスカーがやってきた。車体には何も書かれていないが、これがザコパネ行きの乗り合いらしい(よく見ると、Zakopaneと書かれた小さなプレートが運転台の上に載っていた)。
タトラ山群からアウシュヴィッツへの旅(34) ― 2009/11/23 23:46
クラクフの花屋さん
ザコパネはポーランド有数の山の保養地であり、スキー場もある大きな街だった。国境から約1時間でザコパネ駅に到着。代金は8ZLx2=16ZL(700円)であった。払いすぎないように8ZLだよとカップルが教えてくれた。ここからクラクフに出るには列車かバスである。再び親切なカップルが、駅の時刻表を調べてくれて、隣のバスターミナルから今すぐ発車するバスに乗るのが良いと教えてくれた。外国旅行をして最後にスロヴァキアを歩き、国境を越えてポーランドの自宅に戻るところだと言っていた。今日は素敵な若者との出合いが多い日だった。
バスの中でポーランド青年から流暢な日本語で話しかけられてびっくり。人形浄瑠璃の修行で日本に3年間滞在したのだという。現在はニューヨークの芸術系の学校で教員をしていて、今は休暇中だとのことであった。犬も歩けば棒にあたる、今日は楽しい出合いがたくさんあった。
ザコパネはポーランド有数の山の保養地であり、スキー場もある大きな街だった。国境から約1時間でザコパネ駅に到着。代金は8ZLx2=16ZL(700円)であった。払いすぎないように8ZLだよとカップルが教えてくれた。ここからクラクフに出るには列車かバスである。再び親切なカップルが、駅の時刻表を調べてくれて、隣のバスターミナルから今すぐ発車するバスに乗るのが良いと教えてくれた。外国旅行をして最後にスロヴァキアを歩き、国境を越えてポーランドの自宅に戻るところだと言っていた。今日は素敵な若者との出合いが多い日だった。
バスの中でポーランド青年から流暢な日本語で話しかけられてびっくり。人形浄瑠璃の修行で日本に3年間滞在したのだという。現在はニューヨークの芸術系の学校で教員をしていて、今は休暇中だとのことであった。犬も歩けば棒にあたる、今日は楽しい出合いがたくさんあった。
タトラ山群からアウシュヴィッツへの旅(35) ― 2009/11/23 23:47
リース
途中で渋滞があって、古都クラクフ到着が午後1時(バス代は20ZLx2=40ZL:1760円)。街ごと世界遺産都市なのだがなかなかの大都市である。ナチ映画でよく出てくる街でもある。ヒットラー政権の重要拠点であり、そのせいで近くにアウシュヴィッツ強制収容所が建設された街である。まずは2日後のウィーン行きのチケットの確保で駅をウロウロさせられた。はじめは巨大なバスセンターだったので鉄道駅を探すのにウロウロ。鉄道駅が変則で、プラットフォームと駅舎が離れていて、切符売り場を探すのにウロウロ。切符売り場が近距離用と遠距離用が離れたところにあってまたウロウロ。結局、ウィーン行きのECは夜行と早朝発の1日に2便しかないことがわかり、10/5の7:00発を買った。169.14ZL+23.88ZL(座席指定券)を2人分なので、合計386ZL(17,000円)だった。
途中で渋滞があって、古都クラクフ到着が午後1時(バス代は20ZLx2=40ZL:1760円)。街ごと世界遺産都市なのだがなかなかの大都市である。ナチ映画でよく出てくる街でもある。ヒットラー政権の重要拠点であり、そのせいで近くにアウシュヴィッツ強制収容所が建設された街である。まずは2日後のウィーン行きのチケットの確保で駅をウロウロさせられた。はじめは巨大なバスセンターだったので鉄道駅を探すのにウロウロ。鉄道駅が変則で、プラットフォームと駅舎が離れていて、切符売り場を探すのにウロウロ。切符売り場が近距離用と遠距離用が離れたところにあってまたウロウロ。結局、ウィーン行きのECは夜行と早朝発の1日に2便しかないことがわかり、10/5の7:00発を買った。169.14ZL+23.88ZL(座席指定券)を2人分なので、合計386ZL(17,000円)だった。
タトラ山群からアウシュヴィッツへの旅(36) ― 2009/11/23 23:49
クラクフの旧商工会議所
駅前でホテルを探す。駅の正面で古いが貫禄のあるホテルに入ってみた。フロントには因業そうなばあさんがいて、部屋があるかときいたらツィンで朝食付き360ZLだという。もうちょっと安い部屋はないかと聞くと、230ZLはどうだという。部屋を見せてくれというと、隣の建物(おそらくは旧館)に案内された。確かに古い建物だが部屋は広々として台所までついている。ナベなどの調理器具もあるのでここに決めた。5日の朝は早朝発なので朝食を断るとさらに安くなり、195ZL。結局、2泊で425ZL(18800円:1泊一人当たり4700円)になった。スロヴァキアに比べると物価が2倍くらいの印象があるポーランドなので、まずは満足。
駅前でホテルを探す。駅の正面で古いが貫禄のあるホテルに入ってみた。フロントには因業そうなばあさんがいて、部屋があるかときいたらツィンで朝食付き360ZLだという。もうちょっと安い部屋はないかと聞くと、230ZLはどうだという。部屋を見せてくれというと、隣の建物(おそらくは旧館)に案内された。確かに古い建物だが部屋は広々として台所までついている。ナベなどの調理器具もあるのでここに決めた。5日の朝は早朝発なので朝食を断るとさらに安くなり、195ZL。結局、2泊で425ZL(18800円:1泊一人当たり4700円)になった。スロヴァキアに比べると物価が2倍くらいの印象があるポーランドなので、まずは満足。





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