国土交通省が引き起こした「東海環状道トンネル掘削残土による水質汚染事件」2006/06/04 13:11

トンネル掘削残土ストックヤード法面と排水処理装置
トンネル掘削残土ストックヤード法面と浸出水処理装置

<東海環状自動車道トンネル掘削残土による久々利川流域水質汚染事件について>

本資料は、可児市久々利地区住民から岐阜県宛に提出された公害調停申請書に添付されたものである。


1. 事件の発端
 2003年4月26日、久々利川水系新滝が洞池に放流されたマス・アマゴ約1000匹の斃死事件が発生した。同時にこの時、池の水は透明度の比較的高い異様な青白色を呈していた。翌々日、岐阜県環境課および可児市環境課などによる現地調査の結果、上流に設置された東海環状自動車道路建設残土ストックヤードから強度に酸性をおびた浸出水が久々利川に流出していることが判明した。さらに、その後の調査で、この酸性浸出水は硫酸酸性であること、カドミウムなどの有害重金属が含まれていることなどが明らかになった。
 当該ストックヤードとは、国土交通省直轄事業である東海環状自動車道路建設で発生した残土を受けいれるために、可児市が富士カントリーから借地して建設した施設である。2000年9月に搬入が開始され、2003年4月までに88.7万立方メートルの残土が搬入されていた。

2. 汚染原因と国土交通省の責任
 犬山市から可児市、御嵩町にかけた地域には、砂岩やチャートを主とした美濃帯と呼ばれる地層が分布している。この地層には黄鉄鉱などの硫化鉱物が含まれており、これらが掘り起こされると酸素を含んだ雨水や地下水と接触し、硫酸が生成して溶け出す。生成した硫酸はカドミウムや亜鉛などの重金属類を溶かしだす。この化学反応が起きて、ストックヤードから新滝が洞池へ流入した硫酸酸性で重金属類を含んだ浸出水は、ため池の水を酸性にし、まるで入浴剤のような青白色に変えたのである。
美濃帯を掘り起こして汚染が起きたのは今回が初めてではない。今から30年も前、1973年に愛知県犬山市池野地区、楽田地区、羽黒地区でイネが黄色くなる現象が起きたことで発覚した大規模な汚染事件が起きている。原因は砕石場であった。美濃帯を掘り崩して、細かく砕いてビルなどを造る骨材として売られていた。砕石場内には細かく粉砕された岩屑が散らばって堆積し、それに雨が降ると先に述べたような化学反応が起きて、硫酸酸性で重金属を含んだ水が農業用水や入鹿池に流れ込み、やがて水田へと流入していたのである。水田土壌は銅やカドミウムで汚染され、産米からはカドミウムが基準値を超えて検出されることとなった。
1978年、土壌汚染防止法に基づく汚染地域指定を受け、約10億円の国費をかけて38ヘクタールの除染対策(作土の入れ替え)が実施された。1992年に指定地域は解除されたが、原因者である砕石場の営業が続き、排水対策も不十分であるところから、行政による監視調査が今なお続けられている。
第2次世界大戦中は、美濃帯で銅やマンガンを掘るための鉱山もあったくらいである。こうした問題のある地域を、こともあろうに国土交通省が直営で行った道路建設工事で安易に掘削し、何の対策もとらずに残土を谷間に埋め立てた罪は大きい。近年重要視されている地理学情報システム(GIS)を主管しているのは国土交通省自身ではなかったのか。

3.可児市などの責任
 可児市は、国土交通省のトンネル工事に地元自治体として便宜を図ったということなのであろうが、富士可児カントリーと交渉して谷を借り受け、残土受け入れのための造成土木工事を行っている。国土交通省多治見工事事務所長との間に交わされた覚え書きによれば、残土1トンあたり1170円が可児市に支払われることになっている。これではまるで産業廃棄物処理業者と同じである。予定通り95万トンが搬入されれば、11億1150万円となる。何事もなければおいしい話だったのかもしれない。
 ストックヤードというのは、残土の仮置き場である。このために地元住民に対する説明会が開かれていなかった。市議会でもほとんど論議されることなく終わっている。ところが、実態は仮置き場ではなくて、永久的に残土を埋め立てる施設として造成され、運用された。これではまるで一種の詐欺である。
汚染が発覚してから可児市市議会で追及を受けた時、建設水道部長は「ストックヤードと英語で言った方が体裁がよいと思っただけで、実質ははじめから埋め立て処分場であった」と答弁している。このふざけた答弁にたいして、質問した議員が納得しているというのも奇妙な話である。
 国土交通省には、本来汚染を事前に予測して対策をとるべきであったのにとらなかった責任があり、可児市には無知が引き起こした汚染に対する責任がある。岐阜県には水質汚濁防止法を主管し、環境を監視し、汚染があった場合の原因者の究明、指導、取り締まりをする責任があるが、この事件ではほとんどその役割を果たしていない。

4.全国で発生している類似の汚染事件
 硫化鉱物を含有する地層が分布する地帯での道路建設工事などに伴う汚染事例は全国で発生している。東北自動車道路の八甲田工区とか北海道のいくつかの地域などでの事例に関して、各種の学会や研究所報などでも発表が行われつつある。最近では、岐阜県高富町地内の県道工事で発生した残土からヒ素を含んだアルカリ性浸出水が環境中に流れ出たことが報じられており、硫化鉱物以外にも地質由来の汚染が起きることが明らかになった。もともとの地質の中に含まれていたとはいえ、掘り起こさなければ何も起きなかったわけで、寝た子を起こしてしまった工事そのものが汚染をおこした下手人である。

5.汚染物質について
 硫化鉱物と酸素を含んだ水とが反応して生成した硫酸は水を酸性にする。酸性水は斃死したマス・アマゴだけでなく、ヒトを含めたあらゆる生物にとって有害であり、水質汚濁防止法にはpHで規定される基準(環境基準:6.5~8.5)がある。
さらに、硫酸は残土の中に高濃度で含有されていたカドミウム、鉛、銅、亜鉛などの重金属類を溶出し、水系を汚染した。カドミウムはイタイイタイ病の原因物質であり、水質汚濁防止法でヒトの健康を損なう有害物質として環境基準(0.01mg/l)が定められている。鉛は古来から鉛中毒を引き起こす有毒物質として有名であり、同じく環境基準(0.01mg/l)が定められている。銅は足尾鉱毒事件の原因物質の中心であり、鉱山廃水や鉱鐸に含まれる代表的な有害物質である。水質環境基準はないが、農業用水基準(0.02mg/l)が定められている。亜鉛は水質汚濁防止法によって水圏生態系に毒性を有する有害重金属として、環境基準(0.01~0.03mg/l)が定められている。
アルミニウムは土壌中に大量に含有される金属である。水質汚濁防止法などでは有害物質として扱われていないが、酸性雨による森林被害の原因物質として注目されている。すなわち、酸性雨が森林土壌中に浸透してそこに大量に存在するアルミニウムを溶脱させ、そのアルミニウムの毒性が樹木の枯死を招いているのではないかというものである。本汚染事件でも、ストックヤードからの浸出水には高濃度のアルミニウムが含まれ、そのコロイド状粒子が新滝が洞池の異常な水色の原因であったものと考えれられている。さらに汚染発生当時、大量の泡が沢水や新滝が洞池の水面を覆ったが、その分析結果からも大量のアルミニウムが検出されているのである。
水田土壌に関しては、農用地土壌汚染防止法によって、カドミウム、銅の基準が定められている。カドミウムについては、玄米中のカドミウムが1mg/kgを超えれば汚染米となる。くわえて、0.4mg/kgを超えるものが準汚染米として出荷を禁じられている。先に述べた犬山地域で発生したカドミウム汚染米発生事件では、水田土壌中のカドミウム濃度と玄米中のカドミウム濃度とがほぼ同じレベルであることが明らかとなった。すなわち、水田土壌中のカドミウム濃度が0.4mg/kg前後を超える場合には要注意ということである。銅については、125mg/kgが汚染指定地域指定要件値として定められている。
河川底質についての環境基準はないが、出水時に底質が巻き上げられて水田に流入する事態を考えれば、本件については農用地土壌についての基準値を目安に考えるべきであろう。

6.汚染の程度
 酸性浸出水のpHは、最も低い場合2点台となる。環境基準の下限6.5と比べると、水素イオン濃度が約1万倍も高いことになる。有害重金属類は、銅が農業用水基準を超え、亜鉛は環境基準を超えている。鉛やカドミウムは、環境基準と比べると極端に高いわけではないように見えるが、環境省が全国の都道府県に機関委任して行っている河川水調査結果(公共用水域水質監視調査結果)と比較するとかなり高い。重金属類は河川生態系に大きな影響を及ぼし、さらには底質や水田土壌に蓄積していくことから将来的に大きな禍根となる。水田ではカドミウム汚染米の産出の可能性も考えられる。
 浸出水の水質以外にも警戒しなければならないことがいくつかある。大萱地区では地下水を水道水源としており、底部に遮水工が施されていないストックヤードから地下に浸透した酸性浸出水がその地下水を汚染しはしないかという危惧がある。国土交通省は、ストックヤード底部には固い瑞浪層群の岩盤があるから地下浸透しないとしているが、その岩盤にひび割れがないという保証はない。
 降雨出水した時に、集水しきれない汚染酸性水が調整池に流入し、それが下流へと越流しないという保証はない。また、浸出水が降雨時に濁ることが確認されており、それらが下流へと流下し、農業用水路を経由して水田に沈殿する可能性もある。名古屋大学災害研究会の調査によれば、丸山地区の水田の水口と水尻を比較するとカドミウム濃度が水口で高い。カドミウム汚染米が産出するところまではいっていないが、この傾向が続けば水田にカドミウムが蓄積していく可能性も考えられる。
 現在は、水処理プラント(後述)で重金属類が除去され、pHが中和されて放流されているが、硫酸イオン濃度はかなり高い。各種水質基準に定められてはいないが、高濃度の硫酸イオンやそれを中和するために投入された石灰に起源するカルシウムイオンの米への微妙な影響がないとはいえない。

7.応急対策について
 本汚染事件が発覚した後、直後の措置としてストックヤード下部の排水場所に炭と粗朶を敷設した。そして、3週間以上経った5月20日、国土交通省によって応急の水処理プラントが設置された。しかし、苛性ソーダを注入する単なる中和装置であったために、硫酸成分を中和してpHを中性に戻すことは出来たが、重金属を除去することが出来ないでたれ流し状態が続いた。なんという無知であろうか。国土交通省ともあろうものが、何故にかくも無知なのか理解に苦しむ。
 6月10日になって、ようやく重金属にも対応出来る処理プラントが稼働をはじめた。さらに、これが改良されて石灰投入型の処理プラントが7月15日に稼働を開始し、今日に至っている。目新しい汚染でもなければ、処理が難しい汚染でもない。最低限の基礎知識さえあれば、簡単に対応出来たはずである。コンサル任せで、国の役人自身は何もやらないという我が国公務員体制の根本欠陥を露呈したようにも思われる。
 さらに、この汚染問題については可児市もれっきとした汚染当事者であるが、こうしたクライシス発生局面では主体的な行動がほとんど見られなかった。国土交通省にすっかりお任せになってしまうのは、国と地方との上下関係によるものなのであろうか。

8.汚染の実態と対策工としての覆土の効果について
 ストックヤードに搬入されたトンネル掘削残土は100万トンに近く、巨大な量の堆積物が谷を埋め尽くしている。降水や地下水がその内部に浸透し、すでに述べたような化学反応や物理反応の結果として酸性を帯びてカドミウムや鉛、銅、亜鉛などの重金属類を含有した浸出水が浸みだしてくる。ストックヤードが土砂崩れなどを起こさないように防災対策として設置されていた2本のコルゲート管(各々分岐しているが)から排水されてくる他に、ストックヤード基部埋設管から排水されてくるもの、ストックヤードの下流にある調整池の底のあちらこちらから湧き出してくるものがあり、その多くがpH3~5(最悪の時の値はpH2に近い)の酸性を示し、重金属類を含有している。
 東西コルゲートからの浸出水、および、ストックヤード基部埋設管からの浸出水はポンプアップされて、水処理プラントで処理され、処理水は調整池下流に放流されている。それ以外の浸出水は調整池を経て下流へ流れている。
 こうした状態がいつまで続くかは誰にも予測がついていない。何故ならば、ストックヤード地下で起きていることの全体がいまだに把握されていないからである。なかでも地下水の動きが全く解明されていないのが最大の問題である。国土交通省は追加調査のために数10本のボーリングを行ったが、その分析結果についての考察には合理的でない矛盾点が多々あり、「新滝が洞池水質異常に係る対策協議会」(以下協議会という)の席上で専門委員等から再三の指摘を受けている。
 にもかかわらず、国土交通省からストックヤード天端部を遮水材ベントナイトで覆土するという対策工が提案され、2004年11月から工事が開始され、2005年3月までに全面覆土が完了した。この対策工が提案された際に、国土交通省多治見砂防国道事務所長後藤氏から、「ストックヤード内部のメカニズムに不明の点があることは認めるが、覆土工によって雨水の浸透を止めれば、浸出水の硫酸イオン濃度や水量が減少しpHが低い状態も軽減されることは間違いないだろうから工事をやらせてほしい。もしそれでも汚染がおさまらない時には、汚染残土の全面撤去をも視野に入れた対策のやり直しを考える」旨の発言があった。この時国土交通省が出した見通しでは、天端部の3分の1を覆土すれば浸出水の水量の減少と、重金属を溶かし出さない程度まで硫酸濃度が下がるだろうということであったが、天端部の覆土が完成して約1年間が経過しても、水量は減少したが強い酸性水の浸出は止まっていないし、改善の兆しもない。2006年1月にいたっても、pHが2点台に低下するという事態が再び発生しているのである。
 添付資料に示す図1、図2に最近の浸出水のpHの変化を示した。始末の悪いことには、まとまった降雨があった翌日あたりからpHが急激に下がり、10日あるいは20日間程度低いままで推移するということが繰り返されている。天端部は完全に覆土されているのであるから、横方向からの地下水がストックヤード地下に浸入して、硫化鉱物と新たな化学反応を起こしているのであろう。このことによって、浸出水量は減少したが、有害な酸性浸出水が発生し続ける期間はかなり長くなった可能性がある。
 浸出水の水量について、国土交通省は降雨直後の最大水量を覆土工施工の前後で比較して約10分の1になったとしている。これをそのまま信じれば、酸性浸出水が発生し続ける期間も10倍に延びてしまったことになる。但し、浸出水量が10分の1になったかどうかは定かではない。何故なら,国土交通省が水量を測定しているのは東西コルゲートおよび基部埋設管からの浸出水に限られているのであって、それ以外で湧き出している浸出水、とりわけコルゲート管に集水されない浸出水量を把握できていないからである。
9.事故
 現在稼働中の水処理プラントは、これまでに2回の事故を起こしている。まず、2004年2月に暴風によって電源が切れ、ポンプが停止して浸出水の汲み上げが止まって、酸性浸出水が無処理で調整池に流入した。2006年3月、今度は水処理プラントのpHセンサーが故障して、処理水の中和がされないままに汚染水の放流が行われてしまった。
 こうした事故は現状のプラントが事故時のバックアップシステムを持っていないこと、あるいは、センサー類のきちんとしたメンテナンスが出来ていなかったことなどによって発生した。しかし、そうしたことがきちんと行われてさえも、事故は必ずいつかは発生するものである。つまり、現ストックヤードに約90万トンに近い硫化鉱物含有残土が存在し続ける限り酸性水が出続け、その処理をし続けなければならない限り、なんらかのミスが事故を引き起こす可能性が常に存在するのである。まして、東海環状自動車道路工事が終わって、国土交通省多治見砂防国道事務所の人員と予算が減少し、水処理プラント稼動体制がおろそかになった場合には、これまで以上にこの種の事故が頻発するようになることが懸念される。
 さらには、地震や大規模な風水害によって、ストックヤードそのものが崩落する可能性も将来的には否定しがたい。
 これらの理由から、汚染残土の全面撤去を我々は求めているのである。

10.我々住民が求める解決とは
 これまでなにもなかった河川上流に、住民に対して何の相談も交渉もなく、突如降ってわいたようにストックヤードが出現し、環境基準をはるかに超える酸性汚水を垂れ流し始めたのである。この問題の解決とは、もとの何もなかった頃の谷川の水に回復させることである。環境基準などの各種水質基準は議論や検討をするときの参考値とはなっても、目指すべき問題解決のゴールとすべき値ではない。
 また、河川上流に常に監視や点検を怠ってはいけない水処理プラントのような施設が存在し続けなければならない状態も、我々が目指すゴールとは程遠い。地震や風水害による決壊、崩壊を憂慮しなければならない状態もゴールではない。

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