環境リスク論は「不安の海の羅針盤」か?(5)2007/01/25 22:57

9.科学者・科学技術者としての立ち位置
 エントロピー学会2006年会におけるアイリーン・スミスさんの基調講演の中で、今も終わっていない水俣病問題に関連して「科学には愛がなければならない。愛がなければ何も見えない。」という趣旨のことが語られて胸を打たれた。
科学や科学技術が権力や資本に奉仕するものであったり、戦争で人の命をあやめるために利用されたりしてはならないとする科学者および科学技術者の懊悩や運動の歴史は長い。筆者自身も1970年代全共闘運動のただなかで自らの科学技術者としての進むべき道を問い直し、選び直した経験を持っている。その当時、幼子の手を引いて境川流域下水道建設反対運動をサポートするために愛知県刈谷市に何度もやってきた中西準子氏の姿はまさにお手本であった。思えばエントロピー学会に集まった人々の多くも同じ思いを抱いた人々であった。あれから30余年、改めて我が来し方を振り返るとともに、中西氏の立ち位置の変わりかたに驚愕してしまう。
エントロピー学会の参加メンバーの高齢化、停滞を感じるようになって久しい。結成以来25年、ちょうど節目の年にあたり、改めて活性化を目指したいものである。その起爆剤として、環境リスク論批判の議論が役立つことを望みたい。時はまさに実証科学が通用しない不可知領域(あるいはトランス領域)の広大な広がりを眼前にして、科学者、科学技術者の進むべき方向性が問われている。「愛のある科学」は、我々にとっての羅針盤かもしれない。

<参考文献>
1) 中西準子:「水の環境戦略」、岩波新書(1994年)
2) 中西準子:「環境リスク論」、岩波(1995年)
3) 大沼淳一ら:環境リスク論のススメ、愛知県環境調査センター所報別刷(1997年)
4) 中西準子:「環境リスク学-不安の海の羅針盤」、日本評論社(2004年)
5) 中西準子ら:「環境リスクマネジメントハンドブック」、朝倉書店(2003年)
6) バナール:「歴史における科学」
7) Environmental-Research-Foundation<http://www.rachel.org> and<http://www.precaution.org>
8) Science and Environmental Health Network: Risk Assessment and Risk Management <http://www.sehn.org/pppra.html>
9) 市村正也:中西リスク論について、エントロピー学会名古屋懇話会2006年8月例会レジメ
10) 米本昌平:「バイオポリティックス」、中公新書(2006年)
11) 白鳥紀一:科学的方法の限界と科学者・技術者の位置について、「物理・化学から考える環境問題」、(藤原書店)
12) 菅原努:http//taishitsu.or.jp/topics/t0002-a.html
13) 金子清俊:BSE問題から浮かび上がるリスク分析システムの課題、科学、76(1)、52(2006)
14) United Nations Conference on Environment and Development : Rio Declaration on Environment and Development (1992)
15) Wingspread Consensus Statement on the Precautionary Principle
16) Santillo,D.,Stringer,R.L.,Johnston,P.A.,Tickner,J. :The precautionary principle: protecting against failures of scientific method and risk assessment, Marine Pollution Bulletin, 36(12), 939-950(1998)
17) Chapman, P.M. :Risk assessment and the precautionary principle: a time and a place, Marine Pollution Bulletin, 38(10), 944-947(1999)
18) 増山元三郎:数に語らせる 第2版(岩波書店)(1980)
19) 消費者リポート:2007年1月17日号(通巻1355号)
20) 福岡伸一:BSE対策:現状と問題点、科学、75(1)、48-59(2005)
21) 金子清俊、神田敏子、水澤英洋、山内一也:何が問われるべきか-私たちは米国産牛肉を食べない、科学、76(11)、1105-1112(2006)
22) 山内一也:BSE感染リスクの評価に関わる研究の現状、科学、76(11)、1118-1121(2006)
23) 横山隆、舛甚賢太郎:特定危険部位以外におけるBSEプリオンの蓄積、科学、76(11)、1134-1137(2006)
24) スタンレイ・B.プルシナー、山内一也:全頭検査こそ合理的、科学、76(11)、1102-1104(2006)

                                        (完)

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