蔵王連峰2013冬 ― 2013/02/26 17:29
杉が峰稜線付近の樹氷
久しぶりのブログ更新です。
なにしろ、パスワードを忘れてしまう始末ですから・・・
福島原発事故が発生してからというもの、生活が一変してしまって、
山登りや旅の日数が激減してしまいました。
それを何とか元に戻そうとしているのですが、
そのツケが、日常の忙しさを倍加させます。
それがたたって、ブログの更新も、緑亭通信の発行も
遅れに遅れてしまっています。
その中で、昨年末にはエジプトを10日間ほど旅しました。
1月は、ニセコ連峰へ4日間入りました。
(連日の吹雪模様で、写真はなく、山の頂にも立てず、
そのかわり深雪を楽しめました)
そして、今回の蔵王です。
蔵王は、大沼が山登りを始めた時(1960年)からの
まさに故郷の山です。とりわけ、この山域で冬山入門をし、
スキー入門(山スキーでなくスキーです)をしたところです。
リフトのあるゲレンデではなく、みんなで斜面の雪を踏み固めて作った
ゲレンデでの練習でした。
家が貧しかったので、スキー用具はもちろんのこと、ウェアまで
先輩からの借りものでした。
★
今回のジョイントツアーは、ブナの木スキークラブの宮城蔵王ツアー計画と、仙台一高山の会および東芝山岳会の計画とが、偶然同じ日程であったことから生まれた。結びの契機はもちろん仙台一高・井戸沢小屋である。ブナの木のほうは、予定していた夜行バスが満席でとれなかったり、参加メンバーの都合と調整が難航して列車か、飛行機か、はたまた車かと二転三転し、挙句の果てはいったん中止になるという難しい過程を経て、少人数で車での再決行が出発日直前に決まった。
久しぶりのブログ更新です。
なにしろ、パスワードを忘れてしまう始末ですから・・・
福島原発事故が発生してからというもの、生活が一変してしまって、
山登りや旅の日数が激減してしまいました。
それを何とか元に戻そうとしているのですが、
そのツケが、日常の忙しさを倍加させます。
それがたたって、ブログの更新も、緑亭通信の発行も
遅れに遅れてしまっています。
その中で、昨年末にはエジプトを10日間ほど旅しました。
1月は、ニセコ連峰へ4日間入りました。
(連日の吹雪模様で、写真はなく、山の頂にも立てず、
そのかわり深雪を楽しめました)
そして、今回の蔵王です。
蔵王は、大沼が山登りを始めた時(1960年)からの
まさに故郷の山です。とりわけ、この山域で冬山入門をし、
スキー入門(山スキーでなくスキーです)をしたところです。
リフトのあるゲレンデではなく、みんなで斜面の雪を踏み固めて作った
ゲレンデでの練習でした。
家が貧しかったので、スキー用具はもちろんのこと、ウェアまで
先輩からの借りものでした。
★
今回のジョイントツアーは、ブナの木スキークラブの宮城蔵王ツアー計画と、仙台一高山の会および東芝山岳会の計画とが、偶然同じ日程であったことから生まれた。結びの契機はもちろん仙台一高・井戸沢小屋である。ブナの木のほうは、予定していた夜行バスが満席でとれなかったり、参加メンバーの都合と調整が難航して列車か、飛行機か、はたまた車かと二転三転し、挙句の果てはいったん中止になるという難しい過程を経て、少人数で車での再決行が出発日直前に決まった。
蔵王連峰2013冬(2) ― 2013/02/26 17:40
井戸沢の壁
刈田岳の頂から落ちてくる井戸沢、
井戸沢小屋に入るためには、これを横切って、この壁を登らなければならない。高校1年生時代の非力な体力で、しかも30キロ以上の荷物を背負ってここを登るのはとても大変でした。
★
コースタイム:
2/8(平地でも雪、風強し)名古屋9:20-20:00名取市
2/9 (吹雪、風強し) 名取市8:00-9:30澄川スノーパーク10:20-(リフト)-後見リフト終点10:50-11:10聖山沢水道管(シール着装)11:20-11:54井戸沢渡渉点(1330m)12:12井戸沢壁上部(1420m)12:25-13:00井戸沢小屋(1470m、除雪、便所設置など)15:05-15:40エコーライン(1590m)15:50-16:00井戸沢小屋
2/10(曇り時々晴れ、風弱し)井戸沢小屋9:10-9:45エコ-ライン(1540m)-Sスロー-11:16前山と杉が峰のコル(1670m)11:30-11:58杉が峰(1745m)-12:29芝草平(1650m)-13:43屏風岳(1825m)14:07-15:00芝草平-15:15前山沢(?)出合15:30-16:00(1580m地点)-(峠沢、ダケカンバ沢、金吹沢)-17:00井戸沢小屋
2/11(雪) 井戸沢小屋9:30-10:30井戸沢渡渉点10:40-11:20後見リフト終点-11:40澄川スノーパークロッジ12:00-12:40遠刈田温泉公衆浴場&蕎麦屋14:30-20:00東京(環八・荻窪付近で大沼下車)-24:30名古屋
刈田岳の頂から落ちてくる井戸沢、
井戸沢小屋に入るためには、これを横切って、この壁を登らなければならない。高校1年生時代の非力な体力で、しかも30キロ以上の荷物を背負ってここを登るのはとても大変でした。
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コースタイム:
2/8(平地でも雪、風強し)名古屋9:20-20:00名取市
2/9 (吹雪、風強し) 名取市8:00-9:30澄川スノーパーク10:20-(リフト)-後見リフト終点10:50-11:10聖山沢水道管(シール着装)11:20-11:54井戸沢渡渉点(1330m)12:12井戸沢壁上部(1420m)12:25-13:00井戸沢小屋(1470m、除雪、便所設置など)15:05-15:40エコーライン(1590m)15:50-16:00井戸沢小屋
2/10(曇り時々晴れ、風弱し)井戸沢小屋9:10-9:45エコ-ライン(1540m)-Sスロー-11:16前山と杉が峰のコル(1670m)11:30-11:58杉が峰(1745m)-12:29芝草平(1650m)-13:43屏風岳(1825m)14:07-15:00芝草平-15:15前山沢(?)出合15:30-16:00(1580m地点)-(峠沢、ダケカンバ沢、金吹沢)-17:00井戸沢小屋
2/11(雪) 井戸沢小屋9:30-10:30井戸沢渡渉点10:40-11:20後見リフト終点-11:40澄川スノーパークロッジ12:00-12:40遠刈田温泉公衆浴場&蕎麦屋14:30-20:00東京(環八・荻窪付近で大沼下車)-24:30名古屋
蔵王連峰2013冬(3) ― 2013/02/27 01:21
井戸沢小屋からの出発風景・・・1972年建設、すでに41年になるが、在仙OBらの努力で、とても快適な状態が維持されている。夏なら50名、冬でも20数名なら快適に泊まれる。
★
2/8 寒波襲来で予報は雪。いつもの新潟経由をやめて(福島原発事故発生以来、放射能調査で東北行きが増えている)、あえて渋滞の東京経由を選んだ。第2東名を経て足柄SAに着いたとき、雲の中から富士山が姿を現して思わず喝采。首都高速の渋滞を避けて、用賀から環八に降りたが、大泉ICまで30分で通過できた。ところがその後がいけない、大泉ICから関越自動車道に入ったら大泉ジャンクションで外環道への道がない(逆向きならつながっていたのだが…)。そのまま所沢ICまで持っていかれて、そこから10キロほど外環道の和光ICまで一般道を戻る羽目になり、30分のロスとなった。
川口ジャンクションから東北道に入る。那須黒磯あたりから雪が降り始め、路面も白くなり50キロ規制となった。福島原発事故による放射能が降った高汚染地帯である須賀川、郡山、二本松、福島を吹雪模様の中で通過し、宮城県に入ると雪が止み路面も白くない。仙台南ICで高速道を降りて、名取市の大沼母の家で宿泊。現在90歳で独り暮らしの母はとても元気で安心した。
★
2/8 寒波襲来で予報は雪。いつもの新潟経由をやめて(福島原発事故発生以来、放射能調査で東北行きが増えている)、あえて渋滞の東京経由を選んだ。第2東名を経て足柄SAに着いたとき、雲の中から富士山が姿を現して思わず喝采。首都高速の渋滞を避けて、用賀から環八に降りたが、大泉ICまで30分で通過できた。ところがその後がいけない、大泉ICから関越自動車道に入ったら大泉ジャンクションで外環道への道がない(逆向きならつながっていたのだが…)。そのまま所沢ICまで持っていかれて、そこから10キロほど外環道の和光ICまで一般道を戻る羽目になり、30分のロスとなった。
川口ジャンクションから東北道に入る。那須黒磯あたりから雪が降り始め、路面も白くなり50キロ規制となった。福島原発事故による放射能が降った高汚染地帯である須賀川、郡山、二本松、福島を吹雪模様の中で通過し、宮城県に入ると雪が止み路面も白くない。仙台南ICで高速道を降りて、名取市の大沼母の家で宿泊。現在90歳で独り暮らしの母はとても元気で安心した。
蔵王連峰2013年冬(4) ― 2013/02/27 01:28
刈田峠エススロー・・・51年前と同じS形の無立木斜面の風景が残っている。夏は高層湿原となっていて、木が生えないのであろう。
この斜面に滑り込んで末端まで行き、そこから前山方向に向かう
★
2/9 澄川スノーパークの駐車場に着いたときIくんの携帯電話が鳴った。仙台一高山の会のSiさん(12年後輩)からで、これからロッジを出発しますとのこと。とりあえず空身でロッジに行ってみるとちょうどザックを担いだメンバーが玄関を出てくるところだった。あわただしく挨拶を交わし、再び駐車場へ戻った。荷物を持って再びロッジに行って身支度をして出発。先発隊に対して約50分遅れである。
強風だった。こんな風でよく運行しているものだと驚いてしまう状況で、頬にあたる雪粒に顔をそむけながら遅くて長いリフトを3本乗り継いで、後見ゲレンデリフト終点到着。気温もかなり低い。久しぶりの蔵王の吹雪である。高校1年生(53年前になる)の冬合宿で入山した時のつらい吹雪の思い出がよみがえる。2日分の食糧が入ってパンパンのザックもやや重い。
リフト終点から初心者コースになっている車道をしばらく滑り、大きなカーブを2回過ぎて聖山沢の左岸に近接したあたりからスキーコースから離れて、沢底に滑り込んだ。ちょうど沢が二股に分かれるところで、古い水道管が沢を渡っている場所だ。この水道管は50年前の記憶にも残っている。あたりを見回すと、昔のパラダイスツアーコースの20番プレートがあった。なぜか先発隊のトレースが見当たらない。もう少し上か下かから沢底に降りたのであろう。沢底でシールを張って対岸に上がり、井戸沢渡渉点をめざす。かつてのツアーコースとしての切り開きがまだ生き残っていて、ほぼ平坦な道が開けている。樹林帯なので幸い風も強くない。10分ほど歩くと前方にウサギが飛び出してきた。そのあたりで右側から下ってくるトレースと合流。先発隊のものに違いない。ありがたくラッセル跡を歩かせてもらって、難なく井戸沢を渡渉した。昔つらかった井戸沢の壁も、そのラッセル跡を伝って軽々と登れてしまった。壁の上端の手前、38番プレート(見つけたのはこの2枚だけだった)のあたりで昼食をとり、再びトレースをたどる。昔の記憶よりも井戸沢よりのやや濃い樹林の中を進んでいるので、コースは蛇行するが風が当たらなくて楽である。やがて、清渓台地の斜面が見えてきたかと思うと、間もなくなつかしき井戸沢小屋が目に飛び込んできた。ちょうど先発隊が到着したところで、「まるで測ったような到着ですね」と冗談が飛んだ。
この斜面に滑り込んで末端まで行き、そこから前山方向に向かう
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2/9 澄川スノーパークの駐車場に着いたときIくんの携帯電話が鳴った。仙台一高山の会のSiさん(12年後輩)からで、これからロッジを出発しますとのこと。とりあえず空身でロッジに行ってみるとちょうどザックを担いだメンバーが玄関を出てくるところだった。あわただしく挨拶を交わし、再び駐車場へ戻った。荷物を持って再びロッジに行って身支度をして出発。先発隊に対して約50分遅れである。
強風だった。こんな風でよく運行しているものだと驚いてしまう状況で、頬にあたる雪粒に顔をそむけながら遅くて長いリフトを3本乗り継いで、後見ゲレンデリフト終点到着。気温もかなり低い。久しぶりの蔵王の吹雪である。高校1年生(53年前になる)の冬合宿で入山した時のつらい吹雪の思い出がよみがえる。2日分の食糧が入ってパンパンのザックもやや重い。
リフト終点から初心者コースになっている車道をしばらく滑り、大きなカーブを2回過ぎて聖山沢の左岸に近接したあたりからスキーコースから離れて、沢底に滑り込んだ。ちょうど沢が二股に分かれるところで、古い水道管が沢を渡っている場所だ。この水道管は50年前の記憶にも残っている。あたりを見回すと、昔のパラダイスツアーコースの20番プレートがあった。なぜか先発隊のトレースが見当たらない。もう少し上か下かから沢底に降りたのであろう。沢底でシールを張って対岸に上がり、井戸沢渡渉点をめざす。かつてのツアーコースとしての切り開きがまだ生き残っていて、ほぼ平坦な道が開けている。樹林帯なので幸い風も強くない。10分ほど歩くと前方にウサギが飛び出してきた。そのあたりで右側から下ってくるトレースと合流。先発隊のものに違いない。ありがたくラッセル跡を歩かせてもらって、難なく井戸沢を渡渉した。昔つらかった井戸沢の壁も、そのラッセル跡を伝って軽々と登れてしまった。壁の上端の手前、38番プレート(見つけたのはこの2枚だけだった)のあたりで昼食をとり、再びトレースをたどる。昔の記憶よりも井戸沢よりのやや濃い樹林の中を進んでいるので、コースは蛇行するが風が当たらなくて楽である。やがて、清渓台地の斜面が見えてきたかと思うと、間もなくなつかしき井戸沢小屋が目に飛び込んできた。ちょうど先発隊が到着したところで、「まるで測ったような到着ですね」と冗談が飛んだ。
蔵王連峰2013年冬(5) ― 2013/02/27 01:41
エコーラインをあがってきた雪上車群が見える。1台に20数人乗れるそうだから、合計100人ほどの樹氷見物客が来たことになる。金4000円也だそうである。
★
手分けして入り口の除雪、薪ストーブの点火、便所の設営をしてから、ストーブを囲んで改めて自己紹介。なんとビールが出てくる。先発隊が運んできたものである。しかし、それを遠慮して、荷物の整理をした後、名古屋組に大先輩のKさん[74歳]を加えて4人でエコーラインまで登ってみるために出発。小屋を出ると、新しいラッセルが東北大学の清渓小屋へと続いている。上がってみると東京の山岳会の5人組がちょうど到着して、小屋の入り口を掘り出しているところであった。東北大学のメンバーはゼロで、M先輩の紹介で利用させてもらっているとのことであった。Mさんは仙台一高山岳部で私の1年先輩である。
エコーラインでシールをはがして滑走開始。宮様コース(その昔、秩父宮が来たときに伐採された林間コース)は、昔の記憶よりもずっと緩斜面で、深雪ではさして加速しない。あっという間に井戸沢小屋についてしまった。
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手分けして入り口の除雪、薪ストーブの点火、便所の設営をしてから、ストーブを囲んで改めて自己紹介。なんとビールが出てくる。先発隊が運んできたものである。しかし、それを遠慮して、荷物の整理をした後、名古屋組に大先輩のKさん[74歳]を加えて4人でエコーラインまで登ってみるために出発。小屋を出ると、新しいラッセルが東北大学の清渓小屋へと続いている。上がってみると東京の山岳会の5人組がちょうど到着して、小屋の入り口を掘り出しているところであった。東北大学のメンバーはゼロで、M先輩の紹介で利用させてもらっているとのことであった。Mさんは仙台一高山岳部で私の1年先輩である。
エコーラインでシールをはがして滑走開始。宮様コース(その昔、秩父宮が来たときに伐採された林間コース)は、昔の記憶よりもずっと緩斜面で、深雪ではさして加速しない。あっという間に井戸沢小屋についてしまった。





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